多くの企業で「管理職になりたくない」という声が高まり、ニュース、書籍においても「管理職の罰ゲーム化」という言葉が頻繁にみられます。
昇進は本来、キャリアのステップアップであり、かつて管理職は、多くの会社員が目指すポジションのはずでした。
このブログでは、管理職が罰ゲームと言われる背景を整理し、管理職を罰ゲームにしないために、企業側が取り組むべき6つのアプローチをご紹介します。
1.管理職が敬遠される現状
1-1.なりたい人の少なさ
2018年の厚生労働省の統計によると、役職に就いていない職員や係長・主任級で「管理職以上への昇進を希望する」割合は
38.9%、逆に「昇進したいと思わない」割合は 61.1%であり、昇進を希望しない理由の上位は以下の通りでした。
- 責任が重くなる(71.3%)
- 業務量が増え、長時間労働になる(65.8%)
- 賃金が職責に見合わない(34.1%)

引用:厚生労働省 平成30年度版 労働経済の分析
また、日本能率協会マネジメントセンターの2023年の調査によると、一般社員の 77.3%が「管理職になりたくない」と回答しており、2018年調査時の72.8%から増加しているそうです。
さらに、パーソル総合研究所の2025年の調査によると、現在の会社で管理職になりたい、と答えた人はわずか16.7%にとどまっています。
世界においても、日本のこのような傾向が顕著であることがわかります。
パーソル研究所の「就業実態・成長意識調査(2019年)」によると、日本の企業において管理職になりたいと思っている人の割合は21.4%であり、アジア太平洋地域の国部にの中でもかなり低い割合となっています。

引用:パーソル総合研究所 APAC 就業実態・成長意識調査(2019年)
1-2.多様化しながら増える管理職業務
管理職に求められる要素は、コロナ禍を経てかなり増えたと言えるでしょう。
パーソル総合研究所の調査によると、業務量が増えているのに対して、人手不足を感じている管理職が多いことがわかります。根幹となる業務管理や部下の育成などの他に、コンプライアンスの厳格化や、AIなど新たな知識やスキルの習得や活用、多様な働き方への対応など、管理、推進するべき要因が劇的に増えていることが、その要因と考えられます。

引用:パーソル総合研究所 中間管理職の就業負担に関する定量調査(2019)
1-3.給与に対する納得感の低さ
かつては「管理職になれば給与が大幅に上がる」というインセンティブがありました。厚生労働省の調査においても、管理職になりたい理由の1位は「賃金が上がる」(87%) が挙げられています。
しかし実際にはどうでしょうか。厚生労働省の賃金構造調査によると、非役職者と役職者との賃金格差は、平成4年時点では、部長は約3倍、課長で約2.5倍、係長でも役2倍弱の格差があったにもかかわらず、令和6年では部長でも2倍に届かず、係長に至っては1.2倍という小さな数字になっています。
人手不足によって新卒の給与は年々引き上げられる傾向にあるため、管理職の処遇に関する見直しがされなければ、この差は益々小さなものになっていくと思われます。
| 役職 |
賃金格差 |
| 平成4年(1992年) |
令和6年(2024年) |
| 部長 |
314 |
195.5 |
| 課長 |
254 |
160.4 |
| 係長 |
192 |
121.7 |
| 非役職者 |
100 |
100 |
厚生労働省の賃金構造調査に基づき作成
実際に管理職として働く人も、責任に見合う報酬を感じられていない現状が浮かび上がります。産業能率大学 総合研究所の調査によると職務に対する対価である給与水準の適正さについても、適正だと感じている割合が低いことがわかります。
「責任は増えるのに、手取りはほとんど変わらない」――この現実が、管理職の魅力をさらに下げていると言えそうです。
Q:あなたが所属する組織の課長職の賃金についてお尋ねします

引用:産業能率大学総合研究所 上場企業の課長に関する実態調査(2023)
次の章では、このような結果をもたらしてしまう原因を見ていきます。
2.管理職が罰ゲームになってしまう5つの要因
管理職が敬遠される背景には、個人の意欲や能力ではなく、組織構造に起因する多くの課題があります。ここでは、その代表的な5つの要因を整理します。
要因を整理するにあたり、「Job Demands–Resourcesモデル(仕事要求度‐資源モデル) 」(※以下、JD-Rモデルと略記。)という理論が役立ちますので、まずご紹介しましょう。
JD-Rモデルは、オランダの研究者 Arnold B. Bakkerと Evangelia Demeroutiによって提唱されたワークエンゲージメントの中核理論です。
JD-Rモデルは、以下の2つのバランスで、従業員が燃え尽きるか、活力のある働き方となるかが決まるという考え方です。
仕事要求度(Job Demands):従業員に負担を与える要因
仕事資源(Job Resources):従業員を支え、成長やモチベーションにつながる要因
JD‑Rモデルでは、長時間労働や過大なノルマといった過度の負担を軽減し、加えて、上司や同僚からのサポート、裁量権や成長の機会、フィードバックや承認などの資源を充実させることで、従業員は活力ある働き方ができます。その逆の環境に置かれることは、燃え尽きや疲弊を引き起こすという考え方です。
2-1.責任過多・裁量不足
1-2で述べた通り、管理職の業務は多様化し、「仕事要求度」は間違いなく増えている現状です。
一方で、「名ばかり管理職」という言葉が頻繁に聞かれるようになった通り、責任ばかりが増え、その責任を果たすために必要な権限や裁量がない、といった「仕事資源が乏しい」環境に置かれているいる状況と言えます。
さらに資源不足のまま要求だけが増えると、意思決定の遅延などのリスクだけでなく、管理職自身のバーンアウトや離職、更には管理職候補の辞退・流出にもつながり、まさに管理職の罰ゲーム化、が目に見える形で現れる結果になる、と言ってよいでしょう。
2-2.板挟み構造(短期成果と持続可能性の二重要請)
管理職は、経営層から「数字を上げろ」という強いプレッシャーを受ける一方で、現場や部下からは「働きやすさを守ってほしい」「残業を減らしてほしい」という要望が寄せられます。
この二つはしばしば相反し、どちらを優先すべきか明確な指針がないまま、両方を同時に満たすことを求められる――これが板挟み構造です。
この状況は社会学で「役割葛藤(ロールコンフリクト)」と呼ばれ、仕事の要求(Job Demands)が過剰になる典型例です。
前述のように、要求が高いのに、調整のための資源(明確な優先順位、経営のサポート)が不足すると、ストレスや燃え尽きにつながります。
2-3.プレイングマネージャーという二重負荷
産業能率大学総合研究所の調査によると、実に94.9%の課長が、実業務と管理業務を両方行う「プレイングマネージャー」であることが報告されています。
本来なら、マネジメントに集中できるよう役割を分けるべきですが、現実は「プレイヤー業務+管理業務」の二足のわらじ状態です。
その結果、部下の育成や1on1などに追われながら、実務も遂行しなければならず、時間は常に不足します。
育成や戦略に手を回せないまま、目の前の業務に追われる――これが二重負荷の実態です。
JD-Rモデルに当てはめると、これは「仕事の要求(Job Demands)」が過剰になり、調整のための資源(役割分離、サポート)が不足している典型例です。
2-4.孤独感・心理的負荷
管理職は、弱音を吐ける相手がほとんどいません。部下には言えないし、経営層には現場の悩みを伝えづらい。結果、問題やストレスを一人で抱え込みやすい立場です。
同じ立場の仲間と情報交換できる「ピアサポート」など、心理的安全性や同僚・上司からの支援は、JD-Rモデルでいう「資源」にあたり、負担を緩和する重要な要素です。心理的安全性が確保された状態で話せる場がないと、孤立感が強まります。
2-5.心身の健康への脅威
ストレスの高い状況は、脳卒中、心筋梗塞などの脳・心臓疾患や、うつ病などの精神障害、そしてがんのリスクを高めます。最悪の場合、過労死や、自殺といった結果を招く可能性があります。
欧州 8 カ国と日本、韓国に対して行った東京大学の研究によると、1990年から2015年の間、欧州 8 カ国では全ての国で、生産工程従事者や運転従事者などの「非熟練労働者」の死亡率が最も高く、上級熟練労働者(管理職・専門職)の死亡率が最も低い傾向があるのに対して、日本と韓国では、上級熟練労働者の死亡率が、農業従事者に次いで、最も高くなっていました。
日本では 1990 年代後半、韓国では 2000 年代後半、それまで最も死亡率の低かった上級熟練労働者(管理職・専門職)の死亡率が上昇し、他の職業階層の死亡率と傾向が逆転するという変化が見られたというのです。
1990年代後半の日本では、バブル崩壊後の長期不況により企業はコスト削減を強化し、リストラや人員削減が進みました。その結果、残った管理職や専門職には過重な業務負担が集中し、長時間労働や強い成果プレッシャーが常態化しました。さらに、終身雇用や年功序列の崩壊に伴い、将来への不安が高まり、精神的ストレスが増大した時期でもありました。
そこから10年経ちましたが、第1章でみてきたような管理職が抱える課題を重ねてみると、10年前と比べて管理職の健康リスクへの脅威が減ったとは言えない状況と言えます。
3.脱・罰ゲーム化 組織が取り組むべき6つのアプローチ
パーソル総合研究所の調査によると、管理職の課題を解決するために人事が取り組んでいることは1位が「IT化やシステム化などによる省力化(30.0%)」、そして2位が「研修などによる管理職のマネジメントスキルの向上(26.7%)」だそうです。
マネジメントスキルが必要なことは間違いありませんが、これまで述べてきたように、スキルだけで解決する問題ではないといえるのではないでしょうか。
また、管理職自身が業務の棚卸をしながら、改善していくことももちろん大事です。
しかしここでは、管理職を罰ゲームにさせないために、組織が取り組むべきアプローチをご紹介します。
3-1‐①.部下側の力をつける フォロワーシップを育てる
部下が受け身で上司に依存することによって、管理職の負担が増えることは明白ですが、負担が増す要素はそれだけではなさそうです。
パーソル総合研究所の調査によると、部下の過度な「配慮的行動」が管理職の負担を増加させ、逆に、部下の「積極的行動」は負担を軽減させる、という調査結果が出ています。
パーソル総合研究所の調査における部下の「配慮的行動」とは、上司の顔を立てるために些細なことも報告したり、上司の顔を立てるために会議などへの同席を依頼してくる、といった行動を指します。配慮的行動は、結果的に管理職のマイクロマネジメントをも招き、負担につながると言えそうです。
逆に、上司の出す要求、目的を理解し、一生懸命働く、上司や組織のために能力を積極的に発揮するなどの「積極的行動」すなわちフォロワーシップ(上司を支える主体的行動)は、JD-Rモデルにおける重要な「資源」であり、調査結果にある通り、管理職の負担を緩和すると言えます。
3-1‐②.部下側の力をつける コーチャビリティを育てる
コーチャビリティ(コ―チアビリティ)とは、フィードバックをする側ではなく、フィードバックを受け取る側に焦点を当てた考え方です。
元々はスポーツの世界において、素晴らしいパフォーマンスを生み出すための基本的な資質のひとつとして、1960年代後半から1970年代前半の間に生まれた概念ですが、近年、企業組織においてもその概念が広がっています。
コーチャビリティが高い人は、能動的に自身の行動についての適切性等についてフィードバックを求め、フィードバックやアドバイスに対して、まずは聞く耳を持ち、それを咀嚼しようと努め、そしてそのアドバイスが必要であれば、取り入れようとする姿勢を持ち、実際に何かしらの行動に移せる、と言われます。
コーチャビリティを高めることは、部下自身の成長につながることはもちろん、JD-Rモデルにおいて、管理職を支える重要な資源と捉えることができます。
また、コーチャビリティを育むことは、結果的に次世代の管理職候補を育てることに繋がり、組織運営においても重要です。
\ フォスターリンクではコーチャビリティを高める研修をご提供 /