企業が内定を出した後、やむを得ず内定取消を検討しなければならないケースが発生することがあります。しかし、内定取消は慎重に対応しなければ、法的リスクや企業の評判低下につながる可能性があります。
本記事では、内定取消の適法性や必要な手続き、適切な進め方、リスク回避のポイント について解説します。さらに、内定取消を未然に防ぐための採用プロセスの見直しや、企業が取るべき対策についても詳しくご紹介します。
適切な対応を行い、企業と内定者双方にとって最善の結果を導くための参考にしてください。
1. 内定取消とは?
1-1. 内定取消の定義と法的背景
内定取消とは、企業が内定を出した後に、その内定を撤回することを指します。過去には明確に、内定の通知をもって「労働契約が成立している」と解された判例もあり、その場合には企業が一方的に内定を取り消すことは「解雇」と同じ扱いとなり、厳格な制限が課されます。
事例1:<労働契約が成立しているとされた事例>
企業Aから採用内定通知を受けたXは、①他の企業の求人に対する応募を辞退し、企業Aの求めに応じて、②入社誓約書を提出し、③近況報告を行った。また、企業Aでは同採用内定通知のほかに労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかった。このことから、同採用内定通知により両者の間に労働契約が成立したものと判断された。
事例2:<労働契約が成立していないとされた事例>
Yは企業Bから採用内定通知を受けたが、①企業BはYの入社に向けた手続きは行わず、Yも、②入社の誓約をせず、③受け取った採用内定が正式なものではなく、企業Bから入社を翻意される可能性があることを認識していた。このことから、企業Bは、Yに対して確定的な採用の意思表示をしたとはいえず、同採用内定通知によって労働契約は成立していないと判断された。
厚労省資料参考:
採用内定時に労働契約が成立する場合の労働条件明示について
この事例を踏まえると、多くのケースで「労働契約が成立している」と判断される可能性があり、「内定取消」=「解雇」を意識しての対応が必要となります。
労働契約法第16条 では、解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない場合には無効である」 と規定されています。つまり内定取消についても、企業の都合だけで行うことは難しく、正当な理由が求められます。不適切な対応をすれば、企業が損害賠償を請求される可能性もあるため慎重な対応が必要です。
1-2. 不当な内定取消が企業に及ぼす影響
不当な内定取消は、企業に対して法的リスクや評判リスクをもたらします。
① 法的リスクと損害賠償の可能性
裁判で内定取消が不当と判断された場合、内定取消は無効となり、企業は 損害賠償請求の対象 となる可能性があります。 (過去には数百万円の賠償が命じられたケースもあります。)また、内定者がすでに前職を退職していた場合、 退職による逸失利益 や 精神的苦痛に対する慰謝料 が請求されることもあります。
② 企業イメージへの影響
企業の評判に大きな悪影響を与える可能性があります。特に、 SNSや口コミサイト を通じて情報が拡散されると、 「ブラック企業」 という印象が広まり、求職者の応募が減少する要因になり得ます。
2. 内定取消が発生するケース
前提として、内定取消が続くことは、企業の信頼が低下し、採用市場において 「内定を出しても取り消される可能性がある企業」 というイメージが定着してしまいます。その結果、優秀な人材が応募を避けるようになり、長期的に採用コストの増加を招く可能性があります。
企業が適切な人材確保を継続するためにも、 内定取消は極力避けるべき対応 であることを認識し、慎重に判断する必要があります。
2-1. 内定者側の理由による取消
① 入社日までに在籍学校を卒業できない
新卒採用で内定を出していた学生が、卒業単位が足りないなどが原因で在籍学校を入社日までに卒業できなかった。
② 経歴詐称が発覚した
履歴書やエントリーシートに虚偽の内容が含まれていた。(例えば、学歴や職歴の詐称、資格の虚偽申告など)
③ 犯罪行為や不適切な言動があった
重大な犯罪を犯した・SNSで企業の信用を著しく損なう発言をした。
④ 健康状態に重大な変化があった
重大な病気や障害を発症し、企業での業務遂行が困難となった。
⑤ 音信不通となった
内定者からの返信や応答がなく、音信不通となった。
2-2. 企業側の理由による取消
① 経営悪化
企業の業績が悪化し、採用計画の変更を余儀なくされた。
② 事業内容の変更や採用計画の見直し
企業が事業戦略を変更し、予定していた職種がなくなった。
内定取消は企業側の事情によって行われることもありますが、 企業の都合による取消は原則として認められにくい ため、内定者側の理由よりも厳格な判断基準が適用されます。内定者にとって予測不能なものであるため、法的に認められにくい のが実情です。
特に、内定者が既に他の就職先を辞退している場合や、引っ越しなどの準備を進めていた場合、 「内定取消によって内定者が被る損害の大きさ」 が考慮され、企業に対する損害賠償請求が認められるケースもあります。
企業側の事情による内定取消は、慎重に判断し、可能な限り内定者との対話を重ねることが重要です。
3. 内定取消の適切な進め方
3-1. 事前準備と確認・リスク評価
企業としては、リスクを最小限に抑えるためにも、内定通知時点で契約内容を明確にし、トラブルが発生した際の対応方針を事前に定めておくことが重要です。また、内定取消を検討する際は、まず法的リスクを十分に把握し、適切な手続きを踏む必要があります。
■内定の対象者が発生した時点
① 内定通知書へ「内定取消事項」の記載をしておく
- 書面に内定取消となる具体的な事項を明記する。
(記載例)
下記のいずれかの事由に該当する場合は、採用の内定を取り消すことがありますので、あらかじめご了承ください。
1.必要書類を締切日までに提出できない場合
2.入社日の前日までに在籍学校を卒業できない場合
3. 提出した書類に虚偽の記載が認められた場合
4.病気、怪我等により入社日以降出勤できない場合
5.会社の名誉、信用及び社会的評価を損なう反社会的な行為が認められた場合
6.その他、前号に準ずる程度の不都合な事情が認められたとき
※記載をしたからといって必ずしもその事由が有効となるわけでは勿論ありませんが、「内定者に対し十分な説明を行ったか」 という観点において、事前の記載は必要な対応となります。
■内定取消の可能性が発生した時点
① 取消の正当性を確認する
- 内定取消が 客観的に合理的な理由 に基づいているかを検討する。
- 労働契約法や過去の裁判例に照らし、違法性がないかを判断する。
- 企業の都合による取消の場合、代替措置(配属変更など)が可能かを検討する。
- 内定取消の根拠となる書類や証拠を整理し、合理的な説明ができるよう準備する。
- 内定通知書、雇用契約書、就業規則など、関連する文書を再確認する。
- 必要に応じて、社内の法務部門や弁護士に相談し、法的リスクを事前に評価する。
3-2. 内定取消の通知とフォローアップ
内定取消を正式に決定した場合、内定者に対して慎重かつ誠実に対応することが求められます。不適切な対応は、トラブルの発生につながるため、以下の手順を意識して進めることが重要です。
① 内定者への説明を丁寧に行う
- 面談や書面を通じて、内定取消の理由を明確に伝える。
- 企業側の事情による取消の場合、内定者の不利益を最小限に抑えるための配慮を検討する。
- 必要に応じて、他の就職先を紹介するなどの支援策を提示する。
② 書面で正式な通知を行う
- 「内定取消通知書」 を作成し、書面で正式に通知する。
- 通知書には、内定取消の理由、取消日、問い合わせ窓口などを明記する。
(記載例・内定者理由による取消) - 採用内定通知書において、貴殿が入社日の前日までに在籍学校を卒業できないとき、提出した書類に虚偽の記載が認められたとき、病気、怪我等により入社日以降出勤できないとき、会社の名誉・信用及び社会的評価を損なう反社会的な行為が認められたときなど、入社以前に入社が不適当と認められる場合には、採用内定を取り消すことがある旨を通知しておりました。
今般、貴殿が( ※該当者が採用取消となる理由 )ことが判明しました。つきましては、当社としては貴殿の入社につき不適当であると判断し、本通知書をもって、貴殿の内定を取り消すことをご通知申し上げます。 - トラブルを避けるために、記録として残る形で通知を行うことが望ましい。(内定取消理由が「音信不通」であった場合にも、可能な限りの方法で通知を行い、記録を残しておくことが望ましい。)
③ 内定者からの質問や異議に対応する
- 内定者が異議を申し立てた場合、冷静かつ誠実に対応する。
- 必要に応じて弁護士を交えて協議し、適切な解決策を模索する。
- 企業の評判を守るためにも、誠実な対応を徹底する。
内定取消は企業と内定者の双方にとって大きな影響を与えるため、適切な手続きを踏み、誠意を持って対応することが重要 です。
4. 内定取消を未然に防ぐための対策
4-1. 採用プロセスの見直しと改善
内定取消は、企業の採用プロセスに問題がある場合に発生しやすくなります。事前に対策を講じることで、内定取消のリスクを減らすことが可能です。
① 採用基準を明確にする
- 求めるスキルや人物像を明確に定義し、選考基準を一貫させる。
- 内定を出した後に「やはり求めていた人材と違う」とならないよう、事前に社内で認識を統一する。
- 採用選考時に経歴詐称や適性の不一致がないか、しっかりと確認する。
② 内定前のチェック体制を強化する
- 最終面接後に追加の確認プロセス(リファレンスチェックなど)を導入する。
- 健康状態や過去の職歴について、必要に応じて適切な書類を提出してもらう。
- 内定通知書を出す前に、企業と候補者の間で雇用条件の最終確認を行う。
③ 内定後フォローを充実させる
- 内定者が安心して入社を迎えられるよう、定期的なコミュニケーションを行う。
- 入社前のオリエンテーションや研修を通じて、内定者の疑問や不安を解消する。
- 内定者との関係を強化することで、トラブルの発生を防ぐことができる。
4-2. 企業の経営状況に応じた採用計画の策定
経営悪化などの企業側の事情による内定取消は、法的リスクが高いため、慎重な採用計画の策定が求められます。
① 長期的な採用計画を立てる
- 短期的な採用ニーズだけでなく、中長期的な視点で採用計画を立案する。
- 経営状況の変化に応じた柔軟な採用戦略を構築し、 「急な採用取り消しが発生しない仕組み」 を整える。
- 事業計画と連動した適切な採用人数を設定し、 過剰な採用を防ぐ。
- 採用後に配置転換が可能な体制を整え、採用ミスマッチを減らす。
③ 経営状況の変化に備えたリスクマネジメント
- 万が一の内定取消に備え、法的リスクを最小限に抑える対策を講じる。
- 採用フローの見直しや、弁護士との事前相談を通じて、適切な対応方針を定めておく。
- 内定取消は企業にとってもリスクの大きい対応であるため、 事前の対策を徹底し、適切な採用管理を行うことが重要 です。
5. 最後に
採用計画や採用基準の見直しは、経営戦略や人事戦略と密接に関わる重要なプロセスです。場合によっては人事戦略の見直しや、あるいは策定から行う必要があるケースもあるでしょう。自社だけで行うことが難しい場合は、専門的な知見を持つコンサルタントなどの外部リソースを活用するもの一つの手段となります。
私たちフォスターリンクは、採用活動を単なる人材充足ではなく「戦略的人材マネジメント」と捉え、企業の成長フェーズや経営課題に応じた計画立案から実行支援までを一貫してサポートしています。
また、この記事はあくまで業務の参考にご活用いただくための内容となります。内定・内定取消についてトラブルが発生しそう・発生した場合には、専門機関への相談をお勧めいたします。