少子高齢化が進み、労働人口が減少する中で、優秀な人材の確保と育成は喫緊の課題です。
こうした状況にあって、2013年4月の「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)」の改正により、希望する社員全員を65歳まで雇用することが企業に義務付けられました。
さらに、これまでは、「継続雇用制度の経過措置」として労使協定の締結により対象者を限定できる特例がありましたが、この特例が昨年2025年3月31日をもって終了し、65歳までの雇用確保が完全に義務化されました。
こうした大きな流れの中で、日本の多くの企業にとって「定年延長」は避けて通れないテーマとなりつつあります。
本記事では、定年延長を検討する経営者・人事担当者の皆様に向けて、その背景から制度設計、運用上のポイントまで解説いたします。
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執筆者プロフィール
人材マネジメントコンサルタント 笹谷 浩二(ささや こうじ)
1995年、横浜市立大学商学部卒業後、松下電器産業㈱(現: Panasonic)に入社し、人事部門に配属。
以降、日系・外資系企業の人事社員・マネージャーとして20年以上従事する中で、人事戦略の企画・立案、制度設計からその運営・運用までを経験。
2018年人事コンサルティング会社(シナジー&エフェクト合同会社)を設立して独立。
企業人事としての知識・経験も活かし、クライアント企業(数千名〜数名規模の会社まで)に対して、主に以下のご支援を実施中
① 人事戦略・人事制度構築支援、
② 研修・トレーニング、コーチング、
③ 労務問題対応支援等、人的資本経営実現・実践
・ISO30414リードコンサルタント/アセッサー *ISO30414:人的資本に関する情報開示ガイドライン
・GCS認定コーチ
第1章:なぜ今、定年延長なのか?
改めて、なぜ今、定年延長なのか?その背景を整理してみたいと思います。
少子高齢化と人材不足
日本の労働市場は、深刻な人口減少と高齢化という二重の課題に直面しています。2060年には65歳以上の割合が約40%に達すると予測される中、熟練した労働力を社内に留めることは、企業防衛にとって最も有効な施策の一つになります。
経験・知見の継承の重要性
ベテラン社員が持つ技術やノウハウは企業の財産です。定年延長は、これらを若手へ直接指導する期間を確保し、組織全体のスキルアップに貢献します。
一般社団法人 日本経済団体連合会の2024年調査「高齢社員のさらなる活躍推進に向けて」 によると、技能継承に問題があると感じている企業は4割超。特に、属人的な要素が高い業種や熟練技能が求められる業種で高い傾向にある、と報告されています。

引用:厚生労働省 令和7年「高年齢者雇用状況等報告」
企業の持続可能性と人的資本経営
人材を「資本」と捉える人的資本経営の観点からも、シニア層の活躍支援は不可欠です。長期的なキャリア形成を支援することで、社員のエンゲージメントを高め、企業の持続可能性を向上させます。
「人的資本経営」については、以下のブログでも詳しく解説しています。
関連記事:プロ解説|中小企業の経営を強化する「人的資本経営」取り組むべき最初の一歩
継続雇用制度の経過措置の終了
2025年3月31日をもって、労使協定による「対象者の限定」が認められなくなり、「希望者全員を65歳まで雇用」することが完全義務化されています。
厚生労働省の令和7年「高年齢者雇用状況等報告」によると、調査対象237,739社のうち、定年を65歳とする企業は27.2%あり、前年より2.0ポイント増加しました。
定年制を廃止している企業を含め、61歳以上に設定している企業は、実に全体の約4割を占め、多くの企業が、65歳までの雇用確保完全義務化に向けて、従来の再雇用制度を見直し、より抜本的な「定年延長」へ踏み切る企業が増えていることがわかります。
人材確保、採用競争力確保の観点からも、他社の状況も考慮しての検討が必要になっています。
なお、継続雇用の主な3つの選択肢は以下の通りです。
① 制度: 定年で一度退職し、嘱託社員などとして再契約する
② 定年延長: 定年年齢そのものを引き上げる
③ 定年制の廃止: 定年という概念そのものを無くす
第2章:定年延長の設計ポイント
定年延長の制度設計には、柔軟なアプローチが求められます。
定年年齢の選定(65歳、67歳、70歳など)
多くの企業が65歳を基準としていますが、労働力確保や他社との差別化の観点から、67歳や70歳を視野に入れるケースも増えています。
定年時期の引き上げ方法(一括か段階的か)
一括引き上げとは、60歳から65歳に定年時期を一気に延長することを指していますが、この方法はシンプルですが、人件費の急増を招きます。
また、特に退職金の支払い時期が65歳に変化する場合なども、社員の生活にも多大な影響を及ぼしますので、この方法の採用については慎重に考える必要があります。
一方、段階的な引き上げ、例えば2年ごとに1歳ずつ引き上げるなどの方法は、企業の財務面および社員の適応を考慮した激減緩和の措置として有効と考えます。
選択定年制の導入可否
社員が「60歳から70歳の間で定年時期を選べる」といった柔軟な仕組みは、社員の満足度を高める可能性が高いと言えますが、企業側にとっては、要員計画やリソース管理が複雑になるため、これも慎重な検討が必要と考えます。
第3章:対象者と役割の再設計
ここから述べることが、定年制度運用の成否を分ける重要なポイントとなります。
対象範囲:全社員か、職種・役職別か
企業側から「定年延長は特定の専門職のみに限定したい。」という本音をお聞きするケースがありますが、「特定の社員だけを制度対象外とする」ことは法的に認められません。
また、社員視点での「不公平感」は組織の士気を著しく下げることが懸念されますので、全社員を対象としつつ、役割で差異化を図るのが現実的と言えます。
役職の継続か、変更か
定年延長後もそれ以前の役職を継続させるか、役割を変えるかは重要な論点です。
以下は2つのパターンを整理したものとなりますが、それぞれのメリット及び懸念点を理解した上で、組織ニーズと社員双方のニーズを踏まえ、中長期的な観点をもって選択することが肝要と言えます。
1. 役割継続型(現役続行パターン)
60歳以前の役職や職務内容、責任範囲をそのまま維持する形態。
主な内容:
・部長、課長などの管理職ポストや、第一線の営業・製造担当をそのまま継続します 。
メリット:
・即戦力としての成果が継続的に期待できます 。
・本人にとっても、これまでのキャリアの延長線上で意欲を維持しやすい側面があります 。
懸念点:
・組織の若返りが停滞し、若手・中堅社員のポスト不足やモチベーション低下を招く恐れがあります 。
・高い賃金水準を維持せざるを得ず、総額人件費が膨らむリスクがあります 。
2. 役割変更型:育成・伝承特化(アドバイザーパターン)
管理職などのライン(指揮系統)から外れ、後進の育成や専門スキルの伝承に特化する形態。
主な内容:
・「シニアアドバイザー」や「技術専任役」といった新たなポストを新設します 。
メリット:
・長年培った技術やノウハウを若手に継承する物理的な期間を確保できます 。
・管理職ポストが空くため、組織の代謝(世代交代)を促進できます 。
懸念点:
・「現役を退いた」という感覚から、本人のモチベーションが低下する(「上がり目なし」と感じる)リスクがあります 。
・役割と評価制度が曖昧だと、生産性が低下する可能性があります 。
第4章:働き方と処遇の見直し
労働時間・異動の有無
フルタイムだけでなく、短時間勤務やフレックス、在宅勤務など、体力やライフスタイルに合わせた選択肢を設けることで、長く健康に働ける環境を整えます。
評価制度の継続
高齢の従業員は伸びしろがない、と決めつけて評価制度の枠組みの外に放置してはいけません。
役割に応じた適切なフィードバックと評価の枠組みに当てはめることが、本人のモチベーションと生産性維持に直結するだけでなく、周囲の従業員のモチベーションやエンゲージメントにも関係します。
賃金設計:変えるか、維持するか
定年延長では「役割ベースの賃金体系」の整備が不可欠と考えます。また、既に再雇用として働いている社員とのバランス(同一労働同一賃金)にも配慮が必要です。
一方で最大の懸念は、「総額人件費の増加」です。事前に人件費シミュレーションを行い、人件費の原資をどう配分するかを慎重に判断する必要があります。
退職金制度・年金制度の見直し検討
60歳で一度精算するのか、最終退職時まで積み増すのかの設計が必要です。この機会に、企業型確定拠出年金(DC)の導入や拠出期間の延長を検討することも、会社・社員双方のメリットに繋がります。
確定拠出型年金については、こちらの記事でも解説しています
関連記事:【社労士解説】確定拠出年金とは?わかりやすく企業型の仕組みやメリットを説明
\ 考慮すべき設計ポイント項目について、こちらの資料でもご確認頂けます/
第5章:人件費と制度のバランス
人件費の考え方
定年延長を行えば、基本的には人件費は増えることが考えられます。しかし、それを「コスト」と捉えるのではなく、「増えた原資以上の付加価値・効果を生み出す」という視点が重要です。
時に、定年延長による人件費増分を60歳到達前の社員の原資を調整して捻出しようと試みるケースがありますが、これは規模や方法にもよりますが、定年延長を社員のエンゲージメントやワークモチベーションの向上に結び付ける施策として実施するのであれば、出来うる限り避けるべき方法であると考えます。
定年後の雇用制度(65歳以降)
「65歳定年延長」をゴールにせず、その後の「70歳までの就業機会確保(努力義務)」を見据え、65歳超は個別に判断する再雇用制度を併設するパターンも推奨されます。
なお、65歳超の雇用、つまり、努力義務に基づく措置(特に継続雇用制度)では、労使協定により対象者を限定する基準を設けることが可能です。この場合、企業は勤務態度や人事評価、健康状態などに基づき、個別に判断することができますが、その基準は客観的かつ合理的であることが求められます。
健康管理・安全衛生の強化
高齢社員の増加に伴い、安全配慮はより重要になると言えるでしょう。高齢者は、若年層に比べて労働災害の発生率が高く、労働災害に伴う休業も長期化しやすいことが統計でわかっています。
厚生労働省では、「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」を策定していますので、制度設計の際には、それらも参考にしながら、対象となる世代の意見も直接ヒアリングし、実態に即した安全確保と健康支援策を取り入れることが肝要です。
第6章:定年延長を成功させるために
制度設計だけでなく運用が鍵
対象者との定期的な個別面談を通じて、役割が期待通りか、ワークモチベーションは維持されているかを確認し続ける「運用の仕組み」作りが重要です。
外部専門家の活用のススメ
定年延長は、就業規則の変更、社会保険、税務、そして退職金計算と多岐にわたる専門知識を要します。自社だけで抱え込まず、社会保険労務士やコンサルタントなどの外部専門家を活用し、リスクのない移行を目指しましょう。
定年延長は単なる「年齢の書き換え」ではなく、企業の未来を左右する重要な経営戦略です。本記事が、貴社にとって最適なロードマップを描くきっかけになれば幸いです。
もし、取り組みに不安や疑問がある場合は、いつでもご相談いただければと思います。
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